散歩道の四季

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ワルナスビ  



文字通りの”厄介者”のようです。

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花はきれいですが、棘が多いのも”嫌われ者”の原因でしょうか。

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 今日は暑かった! 隣接の青梅市が東京の最高気温だったそうで、36度3分。 お盆のお施餓鬼でお寺に行ったが、、昨日上げたお墓の花ももうぐったりしていた。
 明日からの三連休は、更に気温が高くなるのだそうで、「危険な暑さ」だと。 庭の草だけは元気に伸びていて、気にもなるが、「危険な暑さ」の中で働くこともあるまいとも思うし・・・。
 この暑さで、被災地は大変だろう。 冷房設備のない避難所で、体もきついし、先行きへの、大きな不安や心配を抱えて、元気の出しようもないのでは・・・と、案じるだけで、何もできない・・・。 自分だったらどうするだろうと考えても、答えの出るはずもない。
 あの瓦礫の山も、他県で引き受けなければ片付かないだろうから、そういう問題を手早くやってあげてほしいと思う。 今回は、放射能もないのだから、どこでも協力できそうに思うが・・・。 日本中、『明日は我が身』じゃないのかな。


竹林の小径  



修善寺には、「竹林の小径」と名付けられた短い散策路があり、にぎわっていました。

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静かに一人で散策したいと思いましたが・・・。

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 西日本の災害から学んだことの一つが、「小河内ダムが決壊することはない」と言うこと。 つまり、ダムは決壊する前に放水量をどんどん増やすらしいと。
 多摩川べりに住み、水害は、小河内ダムが決壊しなければ大丈夫だと思っていたが、流れ込む水量と同じ水量の放水をするとなると、安心はしていられないかもと。 考えてみれば、確かに、決壊するまで放っておくわけはない。
 「岸辺のアルバム」に描かれたあの時の増水を思うと、安心はできないかなと。 当時とは、雨の降り方も変わったし、今は、近くに、川の監視カメラも設置されている。
 小河内ダムの放流前にはサイレンが鳴るが、嵐の時など、100メートル離れた取水堰のサイレンも聞こえにくいこともあるからねぇ。 『今まで大丈夫だったから・・・』はないと、肝に銘じておかなくては・・・。 もっとも、上流の我が家が水浸しになる時には、下流はどうなるか、想像もできないが・・・。


独鈷の湯  



桂川と河畔にある「独鈷の湯」です。

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修善寺温泉発祥の湯と言われる「独鈷の湯」。 現在は見学のみ。

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修禅寺  



修禅寺にお参りをしたのは何十年ぶりでしょうか。

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かつての温泉街の賑わいは望むべくもないという印象に、時の流れを感じました。

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 時間の経過と共に明らかにされる記録的大雨の甚大な被害。 すさまじいものがある。
 昭和33年の狩野川台風の時だったかなぁ、高円寺の実家で、床上浸水を経験した。 と言ってもくるぶし程度だったが。 ただ、その時に、水の侵入を防ごうと、兄が玄関の戸を5寸釘で釘付けにしたのだが、水が押し寄せてきたら、あっさり戸は外れて水が流れ込んだのにはびっくりした。 水の力を実感した瞬間だった。 以来、水は本当に恐ろしいと思っている。
 増え続ける被害者の数に胸が痛むが、タイの洞窟の子供たち救出のニュースだけが救いかな。


清 流  



「浄蓮の滝」の下流は、文字通りの「清流」でした。

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綺麗な水が岩を噛んで流れます。

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釣り人以外は水際に下りられないのは、残念でした。

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釣り竿の貸出しもあり、釣り場はにぎわっていました。

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 一昨年の9月、横浜の病院で、点滴に消毒薬が混入された殺人事件。 病院の関係者以外にはできないことだろうに、どうして捕まらないのかと思ったものだが、今になって捕まった。 やはり、元看護師の女性の仕業だった。
 この事件以前にも、異常な死亡者数の時期があったのを、病院としても「おかしい」と感じていなかったわけではあるまいが、内内でのことだけに、難しい面があったのかな。 「仲間を疑いたくない」と言う気持ちも当然あっただろうし。
 すっきりしないまま働いてきた人たちも、やっと胸のつかえが降りた気持ちだろう。 仲間に疑念を抱きながら一緒に仕事をするって、どんな気分なのかなぁ。
 これは、政界のセンセイ方に伺えばわかる? 「お互いさま」で、何も感じないなんてお答えが返ってきたりして・・・。 《蛇足》


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